大学院の博士後期課程への進学にあたり、金銭的な不安はつきものです。日本学術振興会(JSPS)では若手研究者の支援を目的として特別研究員という制度が用意されています。博士課程の学生が対象となるのは特別研究員DC1とDC2であり、特別研究員として採択されると研究費と研究奨励金が支給されます。研究奨励金については普段の生活費として用いることができ、博士学生の生活を支える重要な収入源となります。研究奨励金その性質上、所得としてみなされるため所得税などの税金がかかります。このページでは、特別研究員として採択された場合の可処分所得(収入から税金や社会保険料を差し引いた額)を試算します。学生さんは税金を納める機会が少なく、実際にどのぐらいの金額が自分で使用できるお金として手元に残るのか、よく分からないという方もいらっしゃるかと思いますので、参考になれば幸いです。
研究奨励金
日本学術振興会の特別研究員DC1あるいはDC2に採用された場合、月額20万円の研究奨励金が支給されます。特別研究員には研究専念義務があり、原則、他にアルバイトなどを行い収入を得ることはできません。よって特別研究員の基本的な年収は240万円となります。
税金と社会保険料
税金や社会保険料には様々なものがありますが、ここではほとんどの場合で対象となる以下のものを考慮します。
- 所得税\(T_{\mathrm{I}}\)
- 住民税\(T_{\mathrm{R}}\)
- 国民健康保険料\(P_{\mathrm{HI}}\)
- 国民年金保険料\(P_{\mathrm{P}}\)
このとき、可処分所得\(I_{\mathrm{disp}}\)は収入を\(I_{\mathrm{all}}\)として以下の式で表現されます。
$$ I_{\mathrm{disp}}=I_{\mathrm{all}}-T_{\mathrm{I}}-T_{\mathrm{R}}-P_{\mathrm{HI}}-P_{\mathrm{P}} \tag{1}$$
本ページでは、扶養親族のいない単身者を考え、各種税金や社会保険料を計算します。
年金
国民年金保険料\(P_{\mathrm{P}}\)は物価や平均賃金などによって決定されるため、年によって保険料が変化します。ここでは、令和2年どの保険料で計算を行います。令和2年度の保険料は月額で16,540円なので、\(P_{\mathrm{P}}\)=198,480円となります。
国民年金保険料の支払いには、学生を対象とした学生納付特例という制度があり、一定の条件を満たす学生は納付を猶予してもらうことができます。学生さんにはこの制度を使っている方も多くいらっしゃると思います。しかし、この制度には収入に制限があり、制度を利用するためには以下の不等式を満たす必要があります。
$$ I_{\mathrm{all}} \leq 1,180,000 + n_{\mathrm{dep}} \times 380,000 +D_{\mathrm{SI}} \tag{2}$$
本年度の所得基準(申請者本人のみ)
日本年金機構HP 国民年金保険料の学生納付特例制度 2021/3/9
118万円+扶養親族等の数×38万円+社会保険料控除等
ここで、\(n_{\mathrm{dep}}\)は扶養親族の人数、\(D_{\mathrm{SI}}\)は社会保険料控除です。社会保険料控除には、国民健康保険料や生命保険料を計上することができます。詳しくは日本年金機構ならびに国税庁のHPを確認してください。
一般的に博士課程の学生の場合は、Eq. (2)の右辺が240万円を超えることはないため、特別研究員は国民年金保険料の支払いが必要になります。
国民健康保険料
特別研究員の収入では、親の社会保険の扶養から外れるため、自身で国民健康保険に加入する必要があります。国民健康保険料は地域、年度によって変化しますが、ここでは名古屋市の令和2年度の国民健康保険料を用いて計算を行います。
国民健康保険料\(P_{\mathrm{HI}}\)は医療分\(P_{\mathrm{HI \ m}}\)、支援金分\(P_{\mathrm{HI \ s}}\)、介護分からなり、介護分については40歳から64歳の方が対象となりますので、若手の場合は\(P_{\mathrm{HI \ m}}\)と\(P_{\mathrm{HI \ s}}\)を支払うことになります。それぞれの保険料は収入によらず決まる均等割\(P_{\mathrm{HI \ m}}^{\mathrm{h}}, P_{\mathrm{HI \ s}}^{\mathrm{h}}\)と収入に応じて決まる所得割\(P_{\mathrm{HI \ m}}^{\mathrm{i}}, \ P_{\mathrm{HI \ s}}^{\mathrm{i}}\)の合計として計算されます。
$$ P_{\mathrm{HI}}= P_{\mathrm{HI \ m}} + P_{\mathrm{HI \ s}} $$
$$ P_{\mathrm{HI \ m}}= P_{\mathrm{HI \ m}}^{\mathrm{h}}+P_{\mathrm{HI \ m}}^{\mathrm{i}} $$
$$ P_{\mathrm{HI \ s}}= P_{\mathrm{HI \ s}}^{\mathrm{h}}+P_{\mathrm{HI \ s}}^{\mathrm{i}} $$
各項目は以下の式で与えられます。
$$ P_{\mathrm{HI \ m}}^{\mathrm{h}}= 40,843 \times n$$
$$ P_{\mathrm{HI \ s}}^{\mathrm{h}}= 12,907 \times n$$
$$ P_{\mathrm{HI \ m}}^{\mathrm{i}}= \left( I_{\mathrm{all}} – D \right) \times 0.0739$$
$$ P_{\mathrm{HI \ s}}^{\mathrm{i}}= \left( I_{\mathrm{all}} – D \right) \times 0.0237$$
ここで、\(n\)は被保険者数、\(D\)は控除額であり、
$$ D=D_{\mathrm{base}}+D_{\mathrm{sal}}+D_{\mathrm{other}} $$
となります。\(D_{\mathrm{base}}\)は基礎控除、\(D_{\mathrm{sal}}\)は給与所得控除、\(D_{\mathrm{other}}\)はその他独自に設定されている控除です。本ページでは、扶養親族のいない単身者\(\left( n=1 \right)\)を想定しており、\(I_{\mathrm{all}}\)=240万円なので、
$$ D_{\mathrm{base}}=330,000 $$
$$ D_{\mathrm{sal}}=I_{\mathrm{all}}×0.03+180,000=252,000 $$
$$ D_{\mathrm{other}}=0 $$
となります。各項を計算すると、
$$ D=582,000 $$
$$ P_{\mathrm{HI \ m}}^{\mathrm{h}}= 40,843 $$
$$ P_{\mathrm{HI \ s}}^{\mathrm{h}}= 12,907 $$
$$ P_{\mathrm{HI \ m}}^{\mathrm{i}}= 134,350 $$
$$ P_{\mathrm{HI \ s}}^{\mathrm{i}}= 43,087 $$
$$ P_{\mathrm{HI \ m}}= 175,193 $$
$$ P_{\mathrm{HI \ s}}= 55,994 $$
$$ P_{\mathrm{HI}}=231,187 $$
がえられ、\(P_{\mathrm{HI}}\)=231,187円となります。
なお、令和3年度からは給与所得控除と基礎控除の金額が変わりますが、240万円の収入の場合、控除額の合計は変わりません。
所得税
復興特別所得税を含めた、所得税\(T_{\mathrm{I}}^{\mathrm{all}}\)は以下の式で計算されます。
$$ T_{\mathrm{I}}^{\mathrm{all}}=r_2 \left( \left( I_{\mathrm{tax}} \times R – D_0 – D_{\mathrm{tax}} \right) \times 1.021 \right) \tag{3.1}$$
$$ I_{\mathrm{tax}}=r_3 \left(I_0 – D_{\mathrm{I}} \right) \tag{3.2}$$
$$ r_n \left( x \right)=\left[ \frac{x}{10^n} \right] \times 10^n \tag{3.3}$$
$$ I_0=I_{\mathrm{all}} – D_{\mathrm{sal}} – D_{\mathrm{sal}}^{\mathrm{sp}} \tag{3.4}$$
ここで、\(I_{\mathrm{tax}}\)は課税対象となる所得、\(R\)は税率、\(D_{\mathrm{0}}\)は\(I_{\mathrm{tax}}\)により決まる控除、\(D_{\mathrm{tax}}\)は税額控除、\(I_0\)は所得、\(D_{\mathrm{I}}\)は所得控除、\(D_{\mathrm{sal}}\)は給与所得控除、\(D_{\mathrm{sal}}^{\mathrm{sp}}\)は特定支出控除です。
\(D_{\mathrm{I}}\)として今回は、基礎控除\(D_{\mathrm{base}}\)と社会保険料控除\(D_{\mathrm{SI}}\)を考慮し、\(D_{\mathrm{SI}}\)は、前述の\(P_{\mathrm{HI}}, \ P_{\mathrm{P}}\)を考えます。
$$ D_{\mathrm{I}}= D_{\mathrm{base}}+D_{\mathrm{SI}} \tag{3.5}$$
$$ D_{\mathrm{I}}= P_{\mathrm{HI}} + P_{\mathrm{P}} \tag{3.6}$$
今回の条件で計算すると各項は以下のようになります。
Parameter | Value |
---|---|
\(D_{\mathrm{base}}\) | 480,000 |
\(D_{\mathrm{SI}}\) | 429,667 |
\(D_{\mathrm{I}}\) | 909,667 |
\(I_{\mathrm{all}}-D_{\mathrm{sal}}\) | 1,600,000 |
\(D_{\mathrm{sal}}^{\mathrm{sp}}\) | 0 |
\(I_{\mathrm{tax}}\) | 690,000 |
\(R\) | 5% |
\(D_{\mathrm{0}}\) | 0 |
\(D_{\mathrm{tax}}\) | 0 |
\(T_{\mathrm{I}}^{\mathrm{all}}\) | 35,200 |
つまり、\(T_{\mathrm{I}}^{\mathrm{all}}\)=35,200円となります。
住民税
住民税\(T_{\mathrm{R}}\)は基本的にどこの地域でもあまり変わりませんが、若干の差異があるため、ここでは名古屋市の条件で計算を行います。
住民税\(T_{\mathrm{R}}\)は国民健康保険料と同様に均等割\(T_{\mathrm{R}}^{h}\)と所得割\(T_{\mathrm{R}}^{i}\)に分かれています。
$$ T_{\mathrm{R}}=T_{\mathrm{R}}^{h}+T_{\mathrm{R}}^{i} $$
$$ T_{\mathrm{R}}^{h}=5,300 $$
\(T_{\mathrm{R}}^{i}\)の計算式は以下の式で計算されます。
$$T_{\mathrm{R}}^{i}= \left( I_{\mathrm{all}}-D_{\mathrm{sal}} – D_{\mathrm{I}} \right) \times R_{\mathrm{tax}} – D_{\mathrm{0}} – D_{\mathrm{tax}} $$
ここで、\(D_{\mathrm{I}}\)は所得控除、\(D_{\mathrm{sal}}\)は給与所得控除、\(R_{\mathrm{tax}}\)は税率、\(D_{\mathrm{0}}\)は調整控除、\(D_{\mathrm{tax}}\)は税額控除です。
\(D_{\mathrm{I}}\)は今回控除している条件では、以下の式で計算されます。
$$ D_{\mathrm{I}} = D_{\mathrm{base}}+D_{\mathrm{SI}}$$
ここで、\(D_{\mathrm{base}}\)は基礎控除、、\(D_{\mathrm{SI}}\)は社会保険料控除であり、以下のように計算されます。
$$ D_{\mathrm{base}}= 330,000 $$
$$ D_{\mathrm{sal}}= I_{\mathrm{all}}×0.03+180,000=252,000 $$
$$ D_{\mathrm{SI}}= P_{\mathrm{HI}}+P_{\mathrm{P}}=429,667 $$
$$ D_{\mathrm{I}}=759,667 $$
$$ I_{\mathrm{all}}-D_{\mathrm{sal}} – D_{\mathrm{I}}=1,338,333 $$
$$ R_{\mathrm{tax}}=0.097 $$
$$ D_{\mathrm{0}}=50,000+0.05=2,500 $$
$$ D_{\mathrm{tax}}=0 $$
$$ T_{\mathrm{R}}^{i}= 134,944 $$
$$ T_{\mathrm{R}}= 140,244 $$
がえられ、\(T_{\mathrm{R}}\)=140,244円となります。
可処分所得
Eq. (1)より\(I_{\mathrm{disp}}\)=1,761,767円となります。ひと月当たりに換算すると、146,814円となります。